嵐の予感のするアメリカ

1月15日のダウは、前日よりわずかに低い水準から始まり、単調に下げ続け、最終的には100 ドル(前日比0.94% 減)となった。バレル80 ドルを超えていた原油は、77.83 ドルまで下げ、いっぽう、金は微増して1131 ドルである。
医療制度改革法案が最終的に可決されるのは、まだ少し先のようだが、この法案がここまで進んだ原動力となったエドワード・ケネディ上院議員が引退したマサチューセツ州の議席を埋めるための補欠選挙が近く予定されている。ここで共和党議員に勝たれると、法案も最後の段階で漂流をはじめてしまうので、オバマ政権はそれ以前の議決で通そうと必死だという。
超リベラルなマサチューセツで、左派の超大物ケネディ議席共和党に取られてしまえば、11月の中間選挙も危ういのだから、必死になるのはよくわかる。法案が通過すれば、選挙にも追い風になるだろうし。これまでのオバマ政権の運営手腕からすれば、大丈夫なのではないかと思うが、運命の日が近づくとともに、賭け金も上がるので、やはり予断は許されない。
だが、医療制度改革以上に問題なのが、オバマが(突然)言い出した、銀行課税案である。大手50行くらいを対象に、0.15% の税金(総資産に対してか、利潤に対してか、はっきりしていない。まあ、後者だと思う)を課して、10年がかりで900億ドルの増収を見込む、という話である。背景となっているのは、2009年の金融界の重役ボーナスが総額で1500億ドルとなっており、リーマン・ショック前の2007年の1640億ドルに比べて、1割減っているだけだという、身も蓋もない事実だ。強欲資本主義を絵に描いたような展開で、これを放置しておいては、中間選挙は危ないだろう。また、金融システムを救済するためにアメリカの政府財政が崩壊状態だというのも事実である。この課税は、まったくもって正しい(ついでにいえば、マサチューセツ州の選挙にはプラスになるだろう)。
だが、この課税案、何とも不吉だというのも、また事実である。海の向こうの戦争に介入して財政を疲弊させ、誰が見ても必要な増税の案を議会に諮ると否決され……というのは、フランス革命の筋書きだからだ。そして、金融界も共和党も、この課税案には徹底して抵抗するだろう。議会民主党にしたって(いや、オバマ政権の閣僚にだって)金融界のエージェントはうようよといるのだから、どこからどんな弾丸が飛んでくるか、見当もつかない。
いっぽう、オバマがこのタイミングでこの課税案を言いだしたことの意味は、深読みする価値があると思う。金融危機の真相解明を議会が行った結論は、ウォール街のみなさんは「clueless (皆目、見当もつかない)」というものだったようだが、それに巨額ボーナス、さらに、今年に入って早くも銀行が数行破綻し、失業率は10% に貼りついたまま……と、景気改善、さらにいえば一般国民の生活水準上昇の気配が、まるで見られない、などの要因を勘案すると、
(1)近く、経済危機は再燃する(いよいよ2番底)
(2)国民のウォール街に対する怒りは、バスチーユ襲撃か戦艦ポチョムキンかというレベルに達するものと思われる。じっさい、ウォール街を対象にしたテロ事件なんていうのも出てくるかもしれない。
そうだとすると、少々の政治的犠牲はあっても、左に振れておくことが次の大統領選挙を睨んだ場合、有利だと、オバマとその周辺は判断していても、おかしくはない。

アメリカが内政にかかりきりになっている(銀行課税の話は、大統領の演説の中でハイチの大地震よりも先に出てきた)時に、中国周辺では、またしても大きな動きがあった。台湾が、中国からの投資を認めることになるのだ。金額的には微々たるものだが、台湾国内の景気浮揚にもなるわけだし、段階的に進んでいくだろう。とりあえず、投資許可の総額は5億ドルで、機関投資家一社の投資上限は8000 万ドル、金融・天然ガス関連株は発行済み株式の10% まで、海運は同8% まで、ということである。アメリカの台湾への武器輸出は、さざなみ程度の影響しかなかったようだ。中国の国際金融担当国営銀行・中国銀行も台湾に支店を出す模様である。

そして、日本である。孫崎享『日米同盟の正体』を読んでいたら、『正論』に発表された小池百合子の回想だか論文だかで、細川護煕首相が訪米した際に、クリントン政権から北朝鮮とパイプのある武村官房長官をはずすように言われた、と書いてある、という話が出てきた。武村は自治官僚上がりで、滋賀県知事である。その彼が北朝鮮とパイプがあるとすると、これは「政治家が選挙で勝ち、権力闘争で勝ち抜く過程でやむをえず……」という話とは違うのだろう。繋がりが見えにくいのだ。理念的、国家的(メッセンジャーとして)な理由から北朝鮮に接近していたのだとい思われる。
そうだとすると、武村とともに「新党さきがけ」を結成した鳩山由紀夫の「命に代えても訪朝」(この話は、どこへ行ったのだ?)は、存外本気と思われる。宇宙人宰相、能力はからきしだが、命を賭けているということについては、本当かもしれないのだ。
だとすると、検察による小沢幹事長の追及も、違った色彩を帯びて見えてくる。そういえば、田中角栄も賛否両論の中の訪中が、主たる業績だった。揺らぐドル、中国の国際的な台頭と、国際情勢の構図は1970年代初頭にあまりに似ている。国内政治も、「ロッキード2.0」となるのだろうか?