回復基調の兆しに湧くアメリカ、漂う日米同盟

11月のアメリカの住宅転売件数が7.4% と、予想の2.5% を大幅に上回った。これが景気回復の新たな兆候だと好感されたようで、ダウは0/5% 上昇の10464 ドル、原油は0.11% 上昇のバレル74.48 ドルまで上げてきた。長短金利差(長期金利短期金利)も拡大しており、アメリカ投資界は回復を確信しつつあるようである。
そうした中で、景気のいい話もでてきた。David Tepper (デヴィッド・テッパー)なるヘッジファンド・マネージャー、2月、3月の底で大量に株(特に大銀行株)を買い込んで、ファンドはこれまでに70 億ドルを稼いでいるという。彼個人の報酬は25 億ドルだということだ。
リスクをとった投資家がたっぷりと報酬を受け取るというのは、まったく正しいので、私はことの道義性を問題にする気はない(政府に救済された銀行の経営者が高額ボーナスを受け取るのよりも、はるかにまともだ)。ちなみにこのテッパー氏、アメリカ経済の今後についても、いたって強気である。
だが、気がつくと原油がバレル75 ドル近くまで再度上げてきていることにもうかがえるように、回復→インフレという回路は、すでに確立している。

アメリカ回復→中国輸出増→米中同時好況→原油が足りない

じっさいにはアメリカは失業率が高く、なかなかインフレが起こりにくい状況だ。中国にしても、原油中央アジアからパイプラインで調達する割合が高まっており、ただちに中東産に対する需要が急伸するわけでもない。だが、投機マネーがたっぷり(リーマン・ショック以後の救済劇で、ほんとうにたっぷり)と溢れかえっている現状からすると、そうしたストーリーだけで原油に資金が殺到するのは目に見えている。そして、原油が上がれば、いつか来た道というわけで、金の価格もまた、再度上昇を開始する。労働需給のひっ迫から来るものではなしに、それよりもっと恐ろしい通貨に対する信認の低下によるインフレの懸念が出てくるのだ。2月に低金利以外の「生命維持装置」的な金融緩和措置を終わらせるとバーナンキはすでに宣言しているが、その強力な実行を強いられそうである。

いっぽう、日本は2番底に怯えている。ここで不思議なのは、日本の現状だけを見てすっかり自信喪失してしまっているという点だ。まあ、鳩山首相の頼りない様を見ていれば明日をも知れぬ、という気分になるのは当然だ(私だって、そう感じてしまう)が、日本の景気をひっぱっているのは、この10年あまりは常に輸出だったので、日本国内だけを見ていてもしょうがない。アメリカ、中国が落ち込めば日本も落ち込むし、中国経済の高度成長に加えて、アメリカ経済が本格回復すれば、日本は輸出主導の回復が可能となる。変数と言えば、それだけなのである。だが、日本の論者たちはアメリカ経済、そして今や日本経済との結びつきではそれを上回る中国経済を見て、悲観論に陥っているわけでもなさそうだ。じっさいには、米中両国とも回復基調にあるわけだから、日本の2010 年についても楽観論を展開するべきなのに、何かの影に怯えているのだから。

では私はアメリカが本格回復を遂げつつあるかというと、やはりそうは思わない。リーマン・ショック以前の段階でバブルだったのだから、そこに戻してもいずれ(しかも、人為的な回復なだけに、かなり近い将来に)は株価も地価も急落する、という基本的なポジションに変わりはないのだ。ただ、オバマ政権(含むポール・ボルカー)もバーナンキFRB議長も、崖っぷちでよく頑張っていることだけは認めている。ただ、アメリカのように大きくまとまりの悪い国の場合、崖っぷちに立つ破目になったら、もう負けているというほうが真実かもしれないのだが。

実はアメリカには崖っぷちがもう一つある。今のアメリカの回復に直接つながっているかどうかわからないが、日米同盟の行方がそれだ。
アメリカの立場としては、「日本が言うなりにならないのが不愉快」という一点につきそうである。ヒラリー長官が不快感を表明したあたりから、これは感情論、というよりも権力関係の話であって、同盟外交の話ではないと感じるようになった。日本がアメリカに従うか否か、こそが問題なのである。
だが、日本の経済界は「アメリカがくしゃみをすれば日本が風邪をひく」という程度の因果関係の認識さえできなくなっている。とりあえず自分の会社の経営が心配で心配で、日米関係について大局的に考えることさえ不可能なのではないか。日本国内の最大の親米ロビーである財界が、声が上がらない状態である。いっぽう、自民党は無力だし、総裁も幹部も、軒並み親中国派ときている。
現在のアメリカにとって最大の戦略問題は、日本がアメリカにつくか、中国につくか、という問題のはずである。日本が中国につけば、日中のGDPと外貨準備の合計が12兆ドルあまりとなり、アメリカのGDP14兆ドルに迫って来る。アメリカが巨額の対外債務を抱えていることを思えば、日中経済はアメリカ経済を規模にといて凌駕しているのだ。日本のハイテクと中国の軍事力の結びつきも脅威だし、日本の資本と中国の無尽蔵の貧しい労働力の補完関係は、東アジア経済が今後も成長する余地が大きいことを示唆している。アメリカとしては、東アジアにおける、このパワーバランスの転換は(東アジア諸国によるアメリカ国債に財政的に依存しているせいもあって)ぜひとも避けなくてはならない。
ところが、アメリカの日本に対する最大の交渉カードは、日米安保だ。だが、その安保が仮想敵としているのは、日本が大幅接近しつつある中国と、あとは北朝鮮くらいである。そして、北朝鮮は崩壊間近まで来ているようでもあり、日本はともかく中国の要求に対しては大幅に譲歩する可能性が高い。日本としては、日米安保の必要性が大幅に低下するのである。
つまり、アメリカとしては日本にへりくだらなくてはならない局面なのだが、そこで出てきたのが(夫のクリントン元大統領の訪朝で仲間はずれにされてオカンムリの)ヒラリー長官である。1990 年代には、巧妙な経済外交と経済諜報でもって日本をきりきり舞いさせた実績があると思い込んでいるために、日本に対しては居丈高に出れば言うことを聞くと考えている可能性がきわめて高い。日本側が、首相のみならず外相までも、アメリカに対して冷たいそぶりを見せているということの意味を、あまり深く考えていないようなのだ。
日米安保の空洞化をシグナルするような「事件」が両国の間で発生した場合、最初は円がドルに対して暴落するだろう。1ドルに対して5円や10円は、平気で下げるのではないか。だが、東アジアの戦略環境、東アジア諸国アメリカ経済にとっての意味、そしてアメリカの東アジア諸国にとっての利用価値のなさといった点に世界の投資界の想像がめぐるとともに、ドルの底なしの崩壊がはじまる。そうなれば、一部で出ている1ドル50円も(今のところは威勢のよい掛け声でしかないのだが)、現実味を帯びてくる。