中国経済は、どこまで成長するか

一部の気の早い向きからは、次の覇権国が中国だという見方が出てきている。中国政府内部でも、人民元基軸通貨にしたいと考えている人たちは、けっこういるようだ。
確かに、ここ数年の中国経済の躍進ぶりは目覚ましい。特にリーマン・ショック後の一年間では、巨額の景気対策を打ち出した中国経済こそが世界を救うなどという見方が強かった。振り返ってみれば1900年くらいまでは、中国は世界最大の経済規模を誇っていたし、1800年には間違いなく世界最富強国家だった。
だが、ここから、21世紀以後は「パックス・シニカ」の時代だと考えるのは、あまりに早計だろう。
中国が、今世紀中に世界最大の経済になることは、間違いない。すでに現時点で、GDPでは日本とあまり変わりのないところまで来ているのだ。2020年まで年率にして8、9%の成長を続ければ、ゼロ成長かマイナス成長が続くアメリカ経済に規模の面で追いつくことは、間違いない。
しかも、それは今の為替レートを維持した場合の話である。すでに中国としては、「ドルはずし」を真剣に考えざるを得ない段階に来ている。数日前にも記した通り、年間の自動車販売台数でアメリカを追い抜き、巨大原油消費国家となったのだ。通貨の購買力を強めることで、原油を買いやすくしようという計算が働いても、不思議ではない。円ドルの為替レートが、戦後1ドル360円から始まって、今や1ドル90円を割り込んでいることを思えば、中国も2度ほど通貨切り上げを行って、ドル建てGDPを急増させる可能性が、なきにしもあらず、だ。いや、日本をモデルに高度成長を続けてきているのだから、その可能性は大であろう。すると、2020年には中国のGDPは対米で2倍、対日で3、4倍(アメリカの経済規模が急縮小するので)になっていると思われる。
だが、中国が世界最大の経済になったからといって、ただちに「21世紀は中国の時代」とはならないだろう。仮にGDPが日本の3倍になっても、一人頭GDPでは中国人は日本人の1/3以下である。アメリカとメキシコのようなものだ。中国は、覇権国に必須の「ソフト・パワー」、つまりは「魅力」が発生しないのだ。
アメリカが世界を騙してドルを受け取らせていられるのは、軍事とソフトの両輪があってこそである。ドルを受け取らないと、あるいはアメリカに知財の使用料金を支払わないと、軍事的にひどい制裁が訪れる、あるいは暗殺されてしまうという恐怖がいっぽうにあり、そしてドルがあれば何だかんだいって「世界最高」のアメリカの大学に子弟を留学させられるし、アメリカ映画が見られるし、アメリカのデザインが購入できるしで、つまりは「アメリカ人ぽくなれる」のである。そして、「アメリカ人ぽさ」に価値があるのは、第二次大戦後の一時期、確かにアメリカが輝かしい覇権国で、その消費生活から大衆文化、さらには政治に至るまでのすべてが、世界のあこがれの的だったからだ。
黒人差別にしても、自国の恥部を直視して、それと戦おうとする一部白人エリートや知識層の勇気、そして非暴力主義の黒人指導者たちの聖人ぶり、あるいは暴力に訴えるマルコムXのような一部過激な指導者たちに対する感情移入の容易さなどで、かえってアメリカの魅力を強めていたように思われる。
今では、アメリカの魅力はだいぶ薄れてきた。だが、それは世界最高の生活水準を享受する日本人にとっての話で、中国や東南アジアの、特に若年層にとっては、アメリカはやはり仰ぎ見るような存在なのだ。
だとすると、中国が世界最大のGDPを実現したとしても、その購買力やGDPにともなった軍事力を行使すれば、ほしいものは手に入れられるかもしれない。だが、一人頭のGDPで現在の先進国に遠くおよばない(もちろん、今の先進国のGDPも落ちてきているだろうが)以上、世界中がそのとんでもない通貨運営に異議を唱えない、現在のアメリカのようなポジションには来ないだろう。「パックス・シニカ」には、なりにくい。将来の中国のポジションは、よくて1800年の清、下手をすれば1900年の清で、たとえば大唐帝国のような、周辺諸国が競って範とするような存在になることはないだろう。
ただし、今後の成長に関しては、かなり楽観的でいるべきである。一つには、中国共産党指導部は相当に戦略的であり、しかも経済発展の現段階では、共産国の野暮ったい指導部の素朴な戦略でも、十分なのである。
しかも、これまでネックだったエネルギー問題が徐々に解消されつつある。つい最近も、中国=カザフスタントルクメニスタンを結ぶ天然ガスパイプラインの、カザフ=中国間が開通したばかりなのだ。これで中国は、ロシアとカザフを両天秤にかけつつ、ガスと石油を有利な条件で購入できるようになる。しかも、アメリカ海軍によってシーレーンを脅かされる可能性が激減する。
だが、そのいっぽうでは、エネルギー供給でパイプラインの重要性が増せば、国内の反体制派テロリストにとっては「美味しい」標的が誕生するわけで、このリスクは馬鹿にできないものとなるだろう。中国としては、エネルギー輸入で海から離れることで、第二のアヘン戦争を避けたつもりだろうが、清帝国の衰退の本当のきっかけは、18世紀後半に内陸部で発生した白蓮教徒の乱だったことを思えば、この内陸シフト、吉凶は定かではない。
つまり、中国の成長は続くが、そのプロセスが脱輪するリスクも無視できないという、いたって穏当な予測しか、現段階では可能ではない。「パックス・シニカ」に関しては、中国人がそれだけの生活水準と対外的な輝きを獲得することがないので、まず、ないであろう。だがそのいっぽうで、中国がかつてのイギリスやアメリカのような、グローバルなリーチを必要とするかといえば、そうとも思われない。巨大で、あなどりがたいが、かといってその魅力に目がくらんで吸収同化されることを恐れる必要もない隣人、それが21世紀の中国なのだと思われる。