金を砂漠にばら撒いていた国際金融界

週末の間、海外の論調はドバイ危機に関する暗鬱な想像を強めていったようだ。だが、実はドバイの隣国アブ・ダビは、世界の原油埋蔵量の1割を抱え、その国富ファンドの資産総額も9000億ドルと、ドバイ・ワールドの負債総額の実に15倍にものぼる超巨額である。しかも、ドバイとアブ・ダビは、首長が近い親戚なのである。最後には救済に駆けつけることだろう。まあ、そのタイミングは問題なのだろうが。
ドバイ・ショックの副作用として重要なのが、かつて魅力的だった新興国投資案件の多くが、見直されつつあるということだろうか。国際金融界が現在、懸念の目で見ている国々として名前が挙がっているのは、アイルランドギリシャ、バルト3国、ウクライナパキスタンルーマニアブルガリアといったところである。このうち、アイルランドギリシャは、先進国に分類されているが、EUに長年加盟していたおかげで、お情けで先進国扱いされていただけというのが実情だから、これら二国も新興国危機の一部ということになるのだろう。
ところで、いざドバイの融資返済が滞りはじめたおかげで、リーマン・ショックにいたる世界同時バブル時代の国際金融界の向う見ずさ下限が、あらためて強調される結果となった。ドバイは原則的に金利つきの金銭貸借を認めないイスラム教の国なので、たとえば借金返済のために資産を売却する(Debt-Equity Swap)がスムーズに行かない、などという事が起きかねないことが、今になって問題になっているのだ。
また、債権の優先順位では、サウジでもクウェートでも、自国民優先主義がとられているようで、ドバイも状況は似たり寄ったりだろうから、外国銀行がいざとなるとババをつかまされる可能性も高い。このへん、本当なら金を貸す時に調べておくべきだと思うのだが、欧米銀行の皆さん、ドバイがどこまでも伸びるという、典型的なバブル・シナリオに乗っかって、ほいほいと貸し込んでいたのだろう。
こおkでバブル時代の無茶のせいで苦しくなった金融機関のために、アメリカやヨーロッパの政府がドバイに圧力をかけられるかというと、アメリカは借金漬け、ヨーロッパは迫力不足で、ちと心もとない。だいたい、ドバイの今日の危機の一因は、目の前の巨大市場イランが、経済制裁で国際経済とのつながりを断ち切られていることにあるのだ。その制裁を発動しているアメリカとEUが圧力をかけても、ドバイ側の目には大義を欠いているようにしか見えないのではないだろうか。
いや、イランという市場を封鎖して借金返済を困難にし、ドバイを追い詰めようとする欧米は、まさにキリストが蹴散らし、マホメットが非難する高利貸しの行動様式そのままではないか。これは、感情的にもつれる可能性も、なきにもしもあらず、である。
それから、今さらこんなことを書くのは後知恵めいていて嫌なのだが、そもそもドバイが国際金融センターになるというビジョンが、私にとってはわかりにくかった。スイスは独、仏、伊に取り囲まれていて、それら諸国の金持ちたちが自国の動乱を恐れて資金を預けておく場所として発達した。ロンドンが国際金融センターであり続けているのは、植民地帝国時代から培ってきた巨大な発展途上国人脈のおかげである。シンガポールの場合はインドネシアという治安の悪い国で暮らす華僑などの金持ちたちの貯金箱だし、香港には(少なくともかつては)中国という巨大な後背地が控えていたのである。
つまり、金融センターは、貯蓄/資本過剰な地域と貯蓄/資本不足の地域を結びつけることで成り立つべきものなのだが(スイスの場合は、周辺諸国における政治的安定という、一種の資本がそれぞれ異なったリズムで増減を繰り返していた時代があったと考えるとわかりやすい)、ドバイの場合、その肝心の点に問題があったように思えてならない。
ドバイは伝統的に、インドの密貿易商にとっての、中東への窓口だったから、まあ歴史的な連想から成り立たなくはないのだろうが、現在のインドはイスラム勢力を猜疑心のこもった目で見ており、外国の資金を得るには、むしろシンガポールか、イスラエルとの仲の良さを利用して国際ユダヤ・マネーに頼りたいところだろう。
いっぽう、ドバイにとって巨大市場であり、貯蓄してくれる裏金の供給源としてのイランは、国際経済から切断されているということは、すでに述べた。そうなると、ドバイは行き場のないオイルマネーが滞留するだけの場所ということになってしまう。金融センターになろうにも、貸し付ける先がないのだ。バブルになるのも当然なのである。
いっぽう、そんなドバイに欧米金融機関が大量の資金を流し込んだのも無理もないと思わせる事実も、最近明らかになっている。
その事実とは「他の貸付先は、もっとダメ」というものだ。
中央アジアの新興産油大国、カザフスタン最大の銀行 Bank Turanalem
(Turan というのは、トルコ系、という意味だろうか)にも、欧米金融機関は100億ドルほど貸し込んでいるというのである。
カザフスタン、ですよ。原油は出るものの、ロシアの人口希薄地帯と中国の新疆ウィグル自治区にはさまれた、まさに地の果ての国。しかも、やたらと広くて、人口が少ない。ナザルバイェフ大統領はソ連崩壊当時からずっと大統領のままという独裁政権でもある。
だが、何より不吉なのは、近未来アクションSFの凡作、リメイク版『ローラーボール』の舞台となっている、という点かもしれない。ジェイムズ・カーン主演のオリジナルの『ローラーボール』は、古代ローマグラディエーターを思わせる命がけのスポーツの選手たちの苛酷な生と、試合中の彼らの死傷に熱狂する大衆を描いて、大衆社会の病理を抉り出した佳作だったが、『ダイ・ハード』のジョン・マクティアナンが監督したリメイク版は、とにかくひどかった。頭の軽い大学生レベルのグローバリズム批判が、政治的主張としてこめられていたのだ。主人公も魅力なかったし。
とにかく、そんなダメ映画の舞台になっていたあたりで、カザフスタンは危険だと気がつかなければならなかったのだよ、国際金融界のみなさんは。ちょうど、ドバイの高額不動産物件をいち早く購入したのがベッカムマイケル・ジャクソンという、判断力の不自由そうな人たちだったのと同質の不吉さを、そこに感知するべきだった。
だがまあ、原油高に背中を押されて、ついふらふらと貸してしまったわけですね、カザフスタンの銀行に。そして、その結果として、今になって案件によっては8割まで損をこうむっているのです。クレディ・スイスは、11億ドルほど貸しているらしい。ドバイ・ワールドの債権者としてクレディ・スイスの名前が出てこなかったのは、カザフで忙しかった、ということなのか?
そう。ドバイなんかに多額の融資をしていたのは、他にはカザフのような貸付先しかない、という事情によるものだったようなのである。貯蓄があまりに大きくなった世界で、投資や融資に高利回りを求めれば、どうしてもリスクは高くなってしまう。リスクが高い中には、怪しげな案件も入ってくる。そんな基本中の基本さえわきまえていない人ばかりが、国際金融界を動かしているというのが、今回の、二つの「金を砂漠(カザフも、ほとんど砂漠である)にばら撒く」事件の、教訓ということになるだろうか。