対照的な東西の金融市場

一昨日から昨日にかけての「ドバイがヤバイ」騒ぎ、ついに来たかと思わせたが、ヨーロッパの各市場は日本時間で昨夜のうちにかなり戻している。アメリカも、最初は大きく下げたが、サンクスギビングで短縮された市場の会場時間のうちに、最初下げ、後に上げ、でも上値は重い、という見慣れたパターンへと落ち着いた。
それと対照的なのが、日本である。日経平均は、一日で300ポイントも下げているのだ。香港のハンセン指数にいたっては、5%近い下げである。シンガポールのストレート・タイムズも、下げている。もっとも、このうち香港の大幅下げは、むしろ中国政府の「来年は安定した経済運営を行う」という国際公約を受けてのものだろう。遮二無二高度成長を続けてきた中国の場合、安定成長というのは、すなわち金融引き締めだからである。
成長センターと目されるインドや中国に近いアジア3市場が大きく下げ、ドバイへの融資も多いヨーロッパ勢やアメリカがそれほどでもないというのは不思議と言うほかない。まあ、ヨーロッパの悲観論に引っ張られたアジアは、次の日にヨーロッパが落ち着きを取り戻したのを、見るチャンスを得ていないのだから無理もないが。だが、たとえばイギリスの名門HSBCのドバイへの融資は170億ドル、つまり1兆5000億円ほどだといわれているし、スタンダード・チャータードもその半分くらいは貸しこんでいる。経営危機が続くシティにしても、17億ドルほどの融資だ。ドバイ危機は、欧米勢にとって、かなり深刻な問題なのだ。それがなぜか、大したことがないと受け止められているようなのである。「それほど大騒ぎすることではない」「第二のリーマンではない」と。まあ、確かにドバイという国家が消滅したわけではないから、リーマン・ショックには及ばないのだが。だが、半年後にちゃんと資金繰りの当てが立っているという保証は、どこにもないというのも、また事実である。さらにいえば、ドバイを救済するために、UAEの莫大な資金が欧米から引き上げられる可能性もあるだろう。
だが「大したことない」という感覚は、対外債務のポジションからするといちばん危なさそうなアメリカで、さらに強いようなのである。サンクスギビングの日が過ぎてクリスマス商戦がスタートしたわけだが、かなり好調なようなのだ(もちろん、デパートなどによる大幅値引きという事情も貢献していると思われる)。
かつて大不況の際に、アメリカ大統領に就任したフランクリン・ルーズベルトは、悲嘆に暮れる国民に向かって「われわれが恐れるべきは、自分たちの恐怖心のみ」だと語っている。バブルという経済現象にしても、あるいはその後の長期不況にしても、将来見通しつまり期待が果たす役割が大きい。そう思うと、欧米勢の落ち着きとアジアの悲観論では、前者のほうが正しい振る舞いであるように思われる。楽観論に引っ張られるようにして、欧米は回復を続け、悲観論にとらわれたアジア、特に日本は、さらなる「失われた10年」へと突入する、という具合である。新しい時代の「蟻とキリギリス」と言っても、いいかもしれない。
だが、もう一つ、昨日大きく動いた指標があったことを、忘れてはならない。言うまでもないが、円/ドル相場である。一時は1ドル84円台に突入しているのだ。日本の悲観論は、ドバイ危機そのものよりも、「ついに来たかよ2番底」という、世界経済全体に対する強烈な不信感のもたらしているものなのだ。ドバイ危機がきっかけで、アメリカから大量の資金が流出する、という性質のものなのである。アメリカの消費者がオバマ・マジックの醸成した楽観論で買い物をたくさんして、その消費力で景気を牽引するとすれば、こんなにいいことはない。だが、アメリカ人のホリデー・ショッピングの原資が、そもそも悲観論者の多い日本や、堅実運営を約束している中国から出ているという事実は忘れてはならないだろう。将来に対して暗い見通ししか持てない日中などが資金を引き上げれば、せっかく明るい気持ちになってきたアメリカの消費者も、にっちもさっちもいかなくなるのだ。悲観論者は自分で自分の首を絞めるのみならず、楽観論者の足をも引っ張るのが、国際経済の冷厳な現実なのである。