人民元は、いつ上がる?

アジア諸国歴訪の旅から帰国したオバマ大統領は、「今回の外遊はアメリカ経済をブーストする」と言っているそうだ。まあ、これから上院で重要な健保改革法案を審議するのだから、少しでも景気をつけたいところなのだろう。だが、じっさいには東アジアのオバマに対する態度は、かなり冷たかったのではないかという気がする。
それはさておき。この数年間、国際金融界における重要イシューであり続けた人民元とドルの間の為替レートの問題だが、これはやはり、遠からず中国側の切り上げという結果にならざるをえないだろう。金融危機克服のために激しく増発されたドルに自国通貨をペッグしておいた場合、特にアメリカが万年貿易赤字国であることを考えると、インフレを輸入する結果になりかねないからである。中国側としては、ニクソン・ショック前夜の日本と同じで、とりあえず輸出部門で低賃金・低スキル労働を食わせていくことが重要だと考えて、輸出に不利に作用する通貨切り上げには、いっさい反対だと思われる。また、貯めに貯めたドル建て外貨準備の減価というのも、どうしても避けたいところだ。
だが、ドルが原油その他の国際一次産品に対して価値を下げていくのに、人民元も合わせていてはしょうがないだろう。そうなると、せっかくの外貨準備も、人民元の切り上げと関係なく減価することになるではないか。だいたい、労働争議が頻発する今の中国で、輸入インフレが起きるのも、そうとうに困ることと思われる。それならば、人民元を切り上げて、国際購買力を増やしたほうがましである。内需主導の成長を遂げるうえでも、そうしたほうが有利だ。
中国は経済発展戦略において、日本の先行例をそうとうに意識している。だからこそ、首都でオリンピックを開催して間もなく、商都で万博を実行しようとしているのだろう。だが、「覇権国の通貨で黒字をひたすら溜め込む」という貿易政策まで真似をしても、あまりよいことがあるとも思われない。高度成長時代の日本は、アメリカに比べてきわめて小さな経済規模から出発していた。アメリカと日本の間の技術水準の開きも、とんでもなく大きかった。それに、1971年まではドルの裏付けには金があり、ドルの価値は維持されるという前提があったのだ。それに、日米同盟というものがあって、政治的に依存しているから、経済で依存を深めても別に問題はなかったのである。
だが、現在の米中の場合、同じ関係が成り立っているとは考えにくい。だいたい、補完的というよりはライバル的な関係ではないか。しかも、アメリカ経済の内実は、そうとうに悪そうである。ご自慢の金融力にしても、要は「人を騙す能力」ではなかったのか。
ただし、一度人民元が強くなると、アメリカがそのことの自国にとってのコストの高さに悲鳴を上げ始めるだろう。もう一つの原油大口輸入国である中国の国際購買力が強化されるのだから、それは当然、アメリカの原油輸入とかちあうことになる。また、中国が人民元の切り上げと、人民元の国際化を同時に進めれば、ドル離れは加速しないではいられない。そして経常収支赤字国のアメリカにとっては、ドルが準備通貨、貿易決済通貨として受け入れられていることは、輸入力を維持するうえで死活的に重要だ。ところが、黒字国の中国にとっては、人民元が国際化するか否かは、実はそれほど重要でない。常に輸入支払代金が手元にある状態だからである。輸入国側では、人民元に対する需要は常にある状態だし、中国にしてみれば、輸出する商品があるのだから、別にバーター貿易でもかまわない。
だからこそ、人民元を国際化しない、という選択肢も中国にはありうるが、それほど重要でないからこそ、何の気なしに、ほいっとやってしまう、という可能性だってある。その場合、後で泣くのはアメリカだ。そう考えると、中国としては、アメリカがその結果の恐ろしさに気付かないで「上げろ、上げろ」と言っているうちに、人民元を切り上げるのが最も賢明な選択肢だ。そこまで中国の指導者層が見抜けるか否かが、今後の為替相場の主たるドラマの筋書きを決めていく。