ゴールド投資の将来性

金(ゴールド)が上がっている。すでに、オンス1100ドルを超えて、毎日記録を更新中だ。しかも、この金価格の高騰は、IMFが準備金を今年、400トン以上の放出を決定したうえで、なお続いている。ドルの信認について不安なアメリカ政府の意向を受けての金放出だったはずが、まるで効き目がなかったのだ。特に注目すべきは、放出された量の半分近い200トンを、インド準備銀行(中央銀行)があっさり購入してしまったということだろう。新興国は、ドル離れに備えているようである。
こうした現実を見て、「次は金」と考える投資家がいても、おかしくはない。そして確かに、アメリカでインフレ懸念が強まっている現在、それは短期的にはなかなか正しいだろう。だが、中・長期的な金の価値となると、私はかなり懐疑的である。
というのも、金は資産ではないからだ。「資」を「産む」ことがない、もしくは「産む」「資」ではないのである。工場とも、アパートとも、農地とも違う。何らかの形で利回りが発生しないのだ。
では、金は何なのか。これはもう、キャッシュだとしか、いいようがない。いや、キャッシュにはリスクが限りなくゼロに近い銀行預金という、利子のつく保存方法があるから、キャッシュより、やや下かもしれない。持っていても、増殖しないのである。
だが、金の強みもまた、利子を生まない点にある。増えないということは、他の資産や、政府発行の紙幣などと比べて、希少性はだいたいにおいて高まる傾向にあるということだ。特に、紙幣・信用通貨が激増している昨今においては、そうである。現金の激増がその価値の低落(インフレ)へと転じる時には、金の価格は当然ながら上昇していくだろう。これは物理法則のようなものである。
だが、金の価格がどんどん上昇するインフレ局面は、しまいには「インフレ退治」の声を生みだしてしまう。これは、必ず発生する。たとえ物価と給料が歩調を合わせていても、発生する。というのも、給料が上昇するのは自分の能力で、物価上昇は政府の失政と、人は受け止めるものだからである。だから、後先考えずに政府に対して「何とかしろ」という声が、インフレの時には必然的に高まり、政治的な力となる。
だが、政治的な反発が発生するほどにインフレが亢進している際に、そのインフレを止めるような金融引き締めを行えば、最後は必ず銀行の連鎖破たんという結果になる。そうする以外に、あるていどまで進んだインフレ期待をつぶす方法はないからだ。
そして、銀行が破たんすれば、融資がもたらしていた「信用通貨」も消滅する。キャッシュは常にマネーサプライ(一国内の通貨の総額)の10分の1前後だから、最大で90%、お金が減るのだ。
その時、金はどうなるか? もちろん、金相場も大きく下げることになる。実は、1971年にニクソン大統領がドルの金本位制をやめると宣言してから、1980年代初期にボルカーFRB議長が徹底した金融引き締めを行うまでの、金とドルの関係が、だいたい、そういうものだった。それでドルの信用は定着したが、強烈な金融引き締めでアメリカの産業は衰退し、金融システムもおかしくなった。
ついでにいえば、ボルカー氏はニクソン・ショックの時には財務次官だった。そして、今回のオバマ政権でも、金融危機に対する対応を決める諮問委員会の委員長である。金本位制からドル本位制への転換を指導した人物が、ドル本位制の終焉を看取ることになるのだろうか?
とまあ、感慨にふけるのは一まず脇に置くとして、問題は、ここから先の金である。
新興国が金を買うのは、1997年のアジア通貨危機の二の舞を避けたいという動機が先立っている。ドルに関しては、基軸通貨でなくなる日があるとしても、そうとう先だろうと見ているはずだ。とはいえ、ドルに対する信認が揺らいでいるのも事実である。だが、ドルに対する信認の行きつく先は、アメリカへの資金流入の途絶であり、そうなると新興国としても輸出市場を失って実物経済面で大打撃を失うことになる。そして、そうなった時には、世界はとんでもない物価下落に見舞われるはずだ。もちろん、値段が下落する品目の中では、贅沢品で実用性に乏しい金などは、最も目立った存在となるだろう。
つまり、ドルの信認が揺らいでいるから金へ、というのは、決して筋道の通った動きではないということになる。
では、現在の金価格の急上昇は、何なのだろう?
ずばり、それは不安の指数である。だから、株価ではなく、株のボラティティー(上下動の激しさ)と組み合わせて見るべきなのだ。
ここまでの話は、アメリカ株が暴落して、ドルがそれにつられて暴落するまでだから、次の5カ月以内ということになる。中期よりは短期の話か。その後しばらくは、世界経済は低迷を続けるだろう(日本はバブルに突入するが、それが欧米をけん引しだすのは、だいぶ先である)。その後、日本がインフレに突入するときには、金の値段はどんどん上がるだろうが、これは最後に引き締めで暴落する。「じっと持っていれば安心」というのとは、少し違う。上がり下がりがあります、というのが中期の見通しである。
では、長期はどうか?
それは、円というよりは、日本政府に対する信認の問題だといえよう。円が潰れても、政府がちゃんと機能していて、新しい通貨を発行するだろうと考えているのであれば、金の役割は限定的である。不動産でも、輸出が多く、特許のたくさんある企業の株式でもよいことになる。
だが、金融システムとともに日本政府がぐずぐずと崩れ去って、「天下麻のごとく乱れ」となると考えているのであれば、日本にベースを置いた資産はすべてダメになってしまうから、国際通貨の金を持つことには意味がある。
つまり、金は特殊な状況で、しかも短期間、輝きを持つものである。通常であれば、ポートフォリオの一割くらいが適正水準ではないだろうか。そして、金の価値がうんと高まる状況となると、そこで要求されるのは、相場観ではなく、歴史観ということになる。