中国がアメリカの経済運営に警告を……

日曜日のことだが、中国銀行業管理監督委員会の劉明康主席(委員長ですね)が、
アメリカの超低金利政策のせいで、巨大なキャリー・トレードが発生している。世界中で資産価値が上昇して、このままでは経済回復に水をさしかねない」と、大意そういう警告を発したという。
中国もまた、バブル発生を懸念されているし、ここ数年の上海株、都市部不動産の価格乱高下を見ると、そうした見方は決して間違っていないだろう。ここで興味深いのが、中国がアメリカのマクロ経済運営に対して苦言を呈している動機が、

(1)アメリカからの人民元切り上げの圧力をかわすための牽制

(2)そろそろ中国も「次の覇権国」として、世界各国の政策運営に口をさしはさまなくてはならないという、変てこな責任感の発露

(3)劉主席は一エコノミストとして、純粋に事態を憂いている

(4)中国でバブルが起きているのはアメリカのせいだとほのめかす、高等な責任転嫁

など、さまざまに考えられるということだ。
このうち、実はいちばん可能性が低いのは、(1)である。人民元切り上げはドル切り下げであり、このタイミングでのドル切り下げは雪崩のようなドル売りを誘発しかねない。それで傷つくのは、中国ももちろんだが、それ以上に輸入インフレに猛襲されるアメリカのほうだろう。だから、アメリカの人民元切り上げ圧力には、自ずと限度がある……はずなのだが、少し前にポール・クルーグマンも「中国は人民元を人為的に安く保つ『近隣窮乏化策』をやめるべきだ」という論説を発表しているくらいで、そのあたりがわからなくなっている可能性は高い。マネー資本主義(というのも、変な言葉だ。マネー・マネー主義と言っているのと、あまり変わらないのに)の毒が、頭に回りきったということだろう。
ところで、余談ながら、この「近隣窮乏化政策」という語も、ちょっとおかしい。原語は beggar thy neighbor policiy で、辞書で確認すると、確かに beggar には「窮乏化」という訳がついているのだが、その訳がそもそもここから来ている可能性が高いので、それで正しいとも言い切れない。
どういうことかというと、「為替レートを切り下げて、輸出攻勢をかけ、相手国の市場を荒らして貧しくする」という風に解釈されがちなのだが、経済学的には、為替レートを切り下げた側のほうが、外貨建ての名目GDPを減らしているわけで、貧しくなっているのだ。自分が貧しくなって、近隣諸国から恵んでもらう…… beggar (物乞い)は、自分ではないか。だから、これ、beggar thyself policy とするか、beg thy neighbor policy とするかしたほうが、よいはずなのだ。

とまあ、脱線してしまったが、中国のアメリカ超低金利に対する「憂慮」の理由として、(2)というのは、けっこうありうる。共産党の皆さんは、なんだかんだいって、ドメ100%に近いセンスの人たちだから、バブル期の日本人のように、妙な自信をつけてしまっているかもしれない。また、アメリカの超低金利政策がキャリートレードを通じて世界中の資産市場を動揺させているのはまぎれもない事実だが、かといって金利を上げればアメリカの脆弱な回復もふっとぶし、アメリカへの輸出回復で息を吹き返してきた残りの世界も苦しむことになる。アメリカの超低金利政策は、ゆくゆく世界経済を脅かすかもしれないが、アメリカが超低金利政策をやめれば、ただちに世界経済が脅かされてしまうというのが現実なのである。そこらへんの機微を無視してアメリカに苦言を呈してしまうあたり、「覇権国になったら、大所高所の住人だから、国際経済の相互依存に気をつかう必要はない」と気が大きくなっていると考えると、腑に落ちるのである。これまた、1980年代末のバブル時代の日本人と、同じノリである。天に唾するような発言が、多かったのだ。

(3)の、「エコノミストの良心の発露」というのも、ありえなくはない。というのも、
 
  超低金利 → キャリー・トレード → 世界が混乱

という因果連鎖がちょっと長く、なんというか、あまりに優等生的な心配の仕方だからだ。また、その場合、劉さんは中国のマクロ国内経済運営、金融セクターに関しては、問題はいろいろあるにせよ、まあまあうまくいっていると判断していることになる。そうだとすると、良心的ではあっても、経済眼に関しては、今ひとつということか。それとも、「次の覇権国」という期待感が世間一般で強くなりすぎてて、なかなか自国の欠点を素直に認められないということなのか。そうだとすると、いよいよバブル時代の日本人といっしょだ。

(4)の責任転嫁仮説は、けっこう、ありそうだ。キャリー・トレードで中国に大量の投機資金が流れこんでいるのは、事実だろうし。また、超低金利アメリカの消費需要を下支えして、それが中国の輸出を引っ張り、それでもたらした中国側の外貨準備の増大が、ベースマネーを膨張させて……という、私が訳した『ドル暴落から世界不況が始まる』の主題となっている、輸出黒字バブルのメカニズムが作用しているとも考えられる。いずれバブルをつぶして全国民(少なくとも、全上海市民)の恨みを買わざるをえないとすれば、今のうちから悪役を立てておくのは悪くない考えだ。命を狙われないためにも。

まあ、このようにいろいろな解釈が成り立つ劉発言なわけだが(しかも、当然ながら、もっと他にも可能な読みはある)、東京に寄った後で中国に行ったオバマ米大統領

「検閲がない国は健全だ」

とやらかした。言うまでもなく、中国のマスコミ政策、インターネット政策に対する批判である。ヒラリー訪中の際には「人権を問題にしません」と自重していたのが、従来の民主党のお説教路線に逆戻りである。中国がアメリカ国債の最大口所有者であることは変わらないのだから、中国を怒らせてもよいくらいにアメリカ経済は回復したとオバマが判断しているのか、それとも医療保険制度改革を実現するためには、民主党左派に媚びないといけないと計算したのか。

これで中国が「次の覇権国」として笑って受け流すか、それとも怒って、どの道金利が低すぎるアメリカ国債を売り始めるか。次のひと月くらいの為替相場、ひいてはアメリカの景気、株価を動かすファクターとして、けっこう重要だ。そして、私たちとして震撼するべきなのは、前者の可能性のほうだろう。中国に、本当に「次の覇権国」としての余裕が生じてきたということを意味するのだから。