2番底は来るのか?

初の著書『バブルの興亡』が出てから、今日でだいたい一カ月になる。その中で私は究極の楽観論(「バブルがまた来ますよ!」)と悲観論(「でも、そのあとは地獄ですよ!」)が組み合わさった予測をしているわけだが、その予測の大前提は、「半年以内に2番底が来る」というものだ。
日本の経済界でもしきりにささやかれる2番底。これは本当に来るのだろうか?
この場合、心配なのはアメリカであって、日本ではない。日本の景気はアメリカへの輸出で決まってしまう傾向が、いたって強いからである。アメリカがひたすらドルを刷り増しして経常収支赤字を累積させていることを思うと、アメリカに対する黒字が成長をけん引する日本経済は摩訶不思議だということになるのだが、その話はまた別の機会に。
さて、アメリカの2番底である。ご存じのとおり、リーマン・ショックの後で、アメリカは史上空前の財政出動と低金利政策を実施した。大手金融機関にも公的資金を貸し付けて、リーマン・ブラザーズ以後は破綻を回避している。つまり、
(1)財政刺激、低金利で需要を支える
(2)低金利で資産価値を下支えする
(3)金融機関を守ってマネーサプライを支える
と、大不況の再来を防ぐために有効だとされているような措置は、一通りとっているのだ。そして、現実問題として、アメリカの株価は回復してきた。ダウは1万ドルを超える水準を、この2週間あまりキープしている。どうやら、破滅の深淵から無事に戻ってきて、健全な成長経路に回復したかのようではないか。とまあ、このまま2番底はなしで、すんなり行きそうな風向きなのである。

だが、おそらく、そうはならない。これは、別に希望的観測を述べているわけではない。私も含め、2番底が来れば全員が辛い目を見るのである。自分は職を失ったり、住まいから放り出されないまでも、知っている誰か、仲の良い誰かが、きっと傷つく。だから私も、アメリカ政府、FRBがとった一連の危機回避策が、そのままアメリカ経済を健全な成長軌道にもどしてくれているのであれば、どんなにかいいだろうと思っている点では、人後に落ちないはずだ。

それでも、私としては2番底が来る、それもけっこう近々やって来ると、考えないわけにいかない。

というのも、リーマン・ショック以後の金融危機は、ただ単にリーマン・ブラザーズなる証券会社が破綻したから起きたものではなかった。ブッシュ時代に強引に作った住宅バブル(どうやってブッシュ政権がバブルを「作った」かについての私の分析は、『バブルの興亡』をお読みください)が崩壊していく過程で、無理を重ねた、弱い金融機関が倒れたというだけなのである。住宅バブル崩壊の根っこにある、アメリカ人の将来に対する期待の低下はそのままか、かえって悪化している以上、資産価値をバブル前の水準に近付けたとしても、それをそこに維持しておくことは、不可能なのだ。

もちろん、現在のアメリカはゼロ金利政策をとっている。銀行預金や国債に比べれば、リスク資産の利回りはよく、しかも回復相場でキャピタル・ゲイン(値上がり益)もよかった。日本の場合、せっかくゼロ金利政策をとっても、歴代政府が国民の凍りつくような言動を続けたせいで、回復の芽は常に摘まれてきたが、そこのところもショービジネスの本場だけあって、アメリカは違うようだ。

だが、アメリカは日本と違って、巨額の対外債務を抱えている。現在も、消費の落ち込みで少々輸入は減ったかもしれないが、それで経常収支が急に黒字になるというわけでもない。しかも、中国はかなり好調である。そこへもってきてアメリカが本格回復の兆しを見せれば、原油はたちまちバレル150ドル、いや、200ドルという水準まで跳ね上がるだろう。FRBとしては、本気でインフレを心配しなくてはならなくなる。昨年、リーマン・ショックに向けて景気悪化のニュースが次々と出てくる中(たとえば、住宅金融公庫に相当するフレディ・マック、ファニー・マエの国家管理への移行)、FRBが利下げに踏み切れなかったのは、原油価格が急上昇して、インフレ懸念が強まっていたからである。これから原油価格がどんどん上がっていった場合、「利下げをしない」のではなく「利上げをする」で対応していかざるをえないだろう。すると、たちまちリスク資産の異様な低利回りに、投資家たちは気がつくことになる。

日本がだらだらと「失われた10年」「失われた20年」の大海を漂っていられたのは、毎年巨額の経常収支黒字を計上していたからである。また、長年のいわゆる日本的経営のおかげで、大企業がどこも膨大な数の余剰人員を抱えていたからだ。もたれる資産、しぼれる贅肉が、たんまりあったからこそ、超低成長でもなんとかなっていた。だが、アメリカにはそんな余裕はない。景気回復が即インフレ懸念へと繋がってしまうわけで、そのマクロ経済運営は、綱渡りなのだ。

バブルが崩壊した後の経済が長期間にわたって低迷するのは、資産価値の上昇を支えていた国民の期待のシナリオが崩壊するからである。夢物語をもはや信じられなくなってしまった、というわけだ。そして、一度夢から覚めると、睡眠薬を飲もうが何をしようが、寝入って再度同じ甘い夢を見ることができないのと同じで、バブルの場合も、一度だめになったシナリオは、再生不可能なのである。

現在のアメリカは、IT/グローバリズム、そしてサブプライム/世界制覇という、二つのバブル・シナリオが立て続けにつぶれた後の世界である。回復を祈り、現に回復が実現すれば、それで気持ちがあたたかくなりはするだろうが、高度成長がいつまでも安定的に続くと国民の大多数が信じるには、材料がまったく欠けている。頼みの綱の戦争も、イラク征服は大赤字であることが明らかになりつつあるし、アフガニスタン戦線ではすでに厭戦気分が蔓延している。しかも、テキサス州ではイスラムアメリカ兵による大量殺人事件が発生して、9・11直後の不安な精神状態が呼び戻されつつある。

だいたい、アメリカから出てくる経済データは、かなり悪いものだ。失業率はついに10%を超え、消費者の信頼感は低下、破綻銀行(といっても、日本でいえば信金、信組、よくて第二地銀くらいである。それでも、年初からすでに120行以上が破綻していると言えば、ぞっとするだろう。月に10件以上、金融機関の倒産が起きているのである。財政赤字は当然のように空前の巨額さで、消費者金融の貸出残高は8カ月連続で落ちている。

ところが、悪いデータが出ると、ダウが上がるのである。もちろん、悪いマクロ・データと組み合わせるようにして、どこかの会社の(人員削減による)好決算が発表されるからなのだろうが、それにしても変だ。ヒステリーなのか、大量に売り逃げが出る(暴落が起きる)前兆なのか。この問いに対する答えは、おそらく現時点から来年の3月くらいにかけて、出てくるのだろう。いやおうなしに。